ヤング・エッセイ

スモールワールドにビッグオーシャンな随想録です

散歩の落書き

前回の散歩の話の続き。オチも山も目的も意味もなにもない文章なので、「散歩の落書き」だけど、こう書くと、散っているわ落ちているわで、気が抜けすぎである。

 

トランペットの音は、あのあと止んでしまった。池で遊んでいた親子が、帰り支度を終えて、こちらへ向かって歩いてきた。彼らのやり取りが聞こえてくる。彼らの生活を盗み聞きする。けれども、21歳で、学生で、扶養されてるけど、子どもでもなく、結婚を考えたこともなく、けど独身という言葉で言い表す「ほど」でもない、女小僧の私には、およそ遠い彼らであった。

彼らが高台にある駐車場へと階段をあがり、私の方から姿が見えなくなってから、しばらくしてトランペットの音が消えた。たぶん、「ここなら誰にも姿を見られることなく俺の音楽を空いっぱいに吹き鳴らすことができるぞお」と踏んでいた余生を楽しむオジサンは(オジサンかどうかも知らないが)、現役の親子3人が下から立ち現れて、いそいそと自動車に荷物を積み込みはじめたよこで、音を吹き鳴らすのには気が引けたんだろう。

「帰り」の気配のなかで、私もその場を後にした。その先は、少々荒れた畑があって、道が自由に曲がっている。高低差のある田畑の合間を、ちょうど縫うようにして小道がずーっと続いている。この道を辿ると、大きなため池があらわれる。去年あたり、この池の前でめそめそ泣いた気がする(どうしてかは忘れた)。鳥の鳴き声とか葉っぱのすれる音、ざわざわ音がいっぱいに鳴っていて、その真ん中で、池がずーんとまわりの景色を飲み込んでいた。電話みたいな鳴き声の鳥がいて、珍しい鳴き声だったから、よし、覚えておこうと思ったが、これもまんまと忘れてしまった。忘れっぽいのだろうか。

つかれていたので、その場でしゃがんで休んだ。なんとなく池を眺めていると、じっと池の周囲を取り囲むフェンスと、その奥にゆらゆら揺らめく水との距離が、狂って見えてきた。いつの間にか立体視していたようで、池がぼーっと一歩手前に浮き上がった。しばらくそれで遊んでいると、人の気配がしてびっくりして立ち上がった。

農家のおば(あ)さんが、4〜5個のトマトを入れたバケツを片手に下げて、こちらに歩いてきた。おば(あ)さんは、連れていた犬を見て、微笑んだ。私は、こんにちはと挨拶して、通り過ぎていくのを見送った。近所の人にトマトをお裾分けに行くんだろうか。濁った半透明のバケツのせいかなんなのか、あんまり美味しくなさそうなトマトだなと思いながら、少し時間をあけて、おば(あ)さんと同じ方向に歩きはじめた。

道が竹やぶに入り、しばらく歩くとおば(あ)さんに追いついた。おば(あ)さんは、道の向こうからやってきた犬を連れた若い女の人と、親しげに言葉を交わしていた。顔見知りだろうか、私は勝手に、そのおば(あ)さんは、あまり付き合いが広い方じゃないだろうと思っていたので、なんとなく残念だった。